デザインサーベイ3.0 -3Dスキャニングによる《場》の空間記述-

概要

主旨:デザインサーベイの手法を未来に継承、展開する

 東京藝術大学建築科大学院環境設計第二研究室では、1963年の発足以来60年間にわたり国内・外でデザイン サーベイを展開してきた(※1)。デザインサーベイとは、1965年にオレゴン大学が金沢で実施したまちなみ調査に触発され、いくつかの大学で盛んに行われるようになったフィールドワークの一種である。民家や集落を実測調査し、技術や素材、空間構成などに関する地域固有性を探り、デザイン手法化を図ろうとするものである。(=第1期)70年代後半以降、地球環境への関心の高まり(エコロジカル・プランニング論)や、持続的な地域文化や風景を含めた総合的な生活空間の評価(テリトーリオ戦略)などに引き継がれ展開してきた。(=第2期)
 本企画では、そのデザインサーベイの延長線上にレーザー3Dスキャナー等(※2)を用いた3Dデータの採取を位置付ける。調査対象として「雰囲気を伴う《場》」に着目し、その空間記述を試行する。①記録作業の効率化、②3DCADを用いた設計環境へのスムーズな移行、③3DプリンターやVRを用いたアウトプット、④3DデータやVRを中心とした地域づくりのためのコミュニケーションツール、をめざしデザインサーベイの新たな展開と設計手法の拡張可能性を探る。

協力:和歌山県雑賀崎 池田 佳祐 漁師兼宿泊施設経営

実施報告

目的:3Dデータの多面的な活用をめざして

 昨年度の東京藝大「I LOVE YOU」プロジェクト2023では、より高次で曖昧性をもつ空間情報の記述と表現を目的に、従来の巻き尺やレーザー距離計などを用いた実測手法では困難である「雰囲気を伴う《場》」の広範囲で詳細な3Dデータ化に成功した。本年度は3Dデータを活用した空間提案のアアウトプット手法やデータの多面的な活用方法を探りたい。
 スキャンした《場》の3Dデータを用いて《場》を構成する個々の要素をシームレスに捉えながら《場》の固有性を活かした空間提案に結びつける新たな設計手法の開発をめざすことは昨年度に引き続く目標であるが、昨年度と比較して地形の起伏が激しく複雑な地域を対象としたスキャニングを行うことにより、全体像の把握が極めて困難な外部空間の3Dデータ化を試みたい。
 本年度は、地域の方々とのワークショップを開催し、《場》のなかに置かれた空間提案としての設計物をVRを用いてよりリアルに共有し、ワークショップ参加者からの意見やアイデアの発生を促し、提案のブラッシュアップを図りたい。従来は、計画段階では図面や透視図、模型でしか伝えることができなかった空間情報を、スキャンした高度な3DデータとVR体験を用いれば画期的なコミュニケーションツールとして役立つに違いない。プロジェクトがさらに進行すれば、スキャンされアーカイブ化された3Dデータは、まちづくりや地域づくりのためのさまざまな施策のシミュレーションやインタラクティブなプレゼンテーションなどに利用可能な社会的共有財産となり得るに違いない。

内容:地形の起伏が複雑な街の3Dデータモデル作成と地域の方々とのワークショップ

 ハンディレーザースキャナー2台を主軸にしたLiDerデータと小型ドローン1台によるフォトグラメトリデータを合成し、単一の3Dデータモデルとする。フィールドワーク対象地は和歌山県和歌山市雑賀崎とする。山塊が断崖となって海に没する地形があり、高密度な集落内は細い階段状の路地が入り乱れている非常に複雑な地形である。現在研究室では和歌山市で開催される設計ワークショップ(※3)に参加中であり、第1回目フィールドワークを7月上旬に控え、現地でのデータ収集のためリサーチを行なっている。昨年度の宮城県七ヶ浜町におけるスキャニングでは地域全体ではなく数箇所のエリアを部分的に計測したが、より複雑で広範囲な地域を詳細にスキャニングするためには高精度で操作しやすいハンディレーザースキャナーが最低2台は必須である。
 また、スキャニングした3Dデータや設計物、VRを用いて地域の方々とのワークショップを行うために、今後も現地に持ち込み可能な高性能なノート型PCとVRヘッドセッド必要となる。よりリアルに地域の方々にも感覚的に伝えやすいコミュニケーションツールやプレゼンテーションの可能性を模索したい。助成金を主に機材費に充てることができれば幸いである。

※1 在職期間/指導教員/主な調査場所:1962〜1990/茂木計一郎/同潤会アパート青山・代官山、愛媛県外泊、奈良県白毫寺町:1989〜2008/片山和俊/中国安徽省、同福建省、同浙江省、山形県金山町、長野県南木曽町:2009〜現在/ヨコミゾマコト/宮城県七ヶ浜町、宮城県雄勝町、秋田県藤里町、山形県金山町、新潟県新発田市
※2 3DレーザースキャナーによるLiDerスキャニングと小型ドローンの空撮動画によるフォトグラメトリの合成
※3 IUW(Inter University Workshop)2024  ディレクター:川向正人(東京理科大学名誉教授)参加校:足利大学大野隆司研究室、宇都宮大学遠藤康一研究室・大嶽陽徳研究室、国士舘大学南泰裕研究室、千葉工業大学今村創平研究室、東京藝術大学大学院ヨコミゾマコト研究室、東京理科大学工学部広谷純弘研究室、東京理科大学理工学部岩岡竜夫研究室、東京大学大学院安原幹研究室

プロジェクトの実施経過

敷地

本プロジェクトにて調査した和歌山県雑賀崎は、万葉集にて「紀伊国の 雑賀の浦に出で見れば 海人の燈火 波の間に見ゆ」と歌われるほどの古くからの景勝地であり、日本のアマルフィと呼ばれている。

2024年7月4-7日 第1回フィールドワーク/和歌山県雑賀崎
:スキャニングデータの収集、3Dレーザースキャナーを使用したフィールドワークを実施

小型ドローンによる空撮。レーザースキャナー(BLK360G2)を用いてスキャニングデータの収集。
住民の方々へのヒアリング。事前に調査していた歴史的な遺構の調査。現地マテリアル採取。現地のスケッチ。住居の実測。を4日間、計6人体制で行った。どのような課題がまちの中にあるかをさまざまな角度から調査し1つの野帳に書き込んでいく。

また、レーザースキャナーによるスキャニングは具体的な敷地が決まっていないので街全体が浮き彫りになるようヒアリングを通した主要な箇所から撮影を行う。レーザースキャナー2台を2名で4日間(レーザーが照射可能である時間、朝6時から夕方18時)使用し、合計約750箇所の計測に成功した。

2024年9月16日 IUW2024中間発表/東京理科大学神楽坂キャンパス
:7月のフィールドワークによるリサーチをデジタルデータとしてまとめる
:700箇所のまちの断片のデータを合成し大きなまちの3Dデータモデルを作成する。

7月に収集したデータを編集しながらリサーチの整理を行う。スキャニングのデータはスケールをともなったデータであり、そのまま3Dソフトに移行し設計をスムーズに行うことが可能となった。また、計測時では掴みきれなかったまちの全体形状や周辺状況との関連性を従来の敷地図や、モデリングデータ等と比較し容易に捉えることが可能となった。

和歌山県を対象に開催されたIUW((Inter University Workshop)設計ワークショップ)の中間発表を行った。7月の第1回フィールドワークにて収集したドローンやレーザースキャンによるデータを整理し、まちを3Dデータに起こしながら建築やまちづくりの提案を検討する。各大学の先生方からの意見も踏まえて設計前のリサーチの整理を行う。

2024年10月26日 IUW2024最終発表/東京理科大学神楽坂キャンパス
:スキャニングデータと設計提案を3DCAD上で合成して提案

IUW((Inter University Workshop)設計ワークショップ)の最終発表にて点群データを併用しながら設計した提案物の最終発表を行なった。
和歌山県雑賀崎は斜面地にありながら建物が密集していることが特徴であり、有効な幅員の道路に面していないことから建築資材の搬入が困難であることが課題である。今回は点群データを用いて資材の搬入方法の検証を行い、実際に建て替えをする際どのような建築計画が実現可能かを提案した。

2024年11月16日 現地の方へのプレゼンテーションと意見交換/雑賀崎極楽寺
:3DデータやVR体験等を用いて現地の方々へプレゼンテーションを行う

和歌山県雑賀崎の極楽寺にて住民の方へ向けて設計提案のプレゼンテーションを行った。プレゼンは従来のドローイングや模型だけではなく、ドローンによる空撮映像や設計提案を点群データの中に配置したイメージ図、またVR体験によるバーチャル空間での空間体験を準備した。多面的な確認よりプレゼンを聞いてくださった方々から普段住んでいるまちの魅力や、実際に欲しい公共的な空間、建築計画をする際の課題点の共有等、多くの意見を交換することができ、まちづくりに関して非常に前向きなお話が多く上がった。VR体験は、言語ではない感覚的な空間の共有ができることから、要望や改善点への意見を出しやすかったように思える。

2024年11月17日 IUW2024和歌山シンポジウム/和歌山医科歯科大学
:3DデータやVR体験等を用いて行政の方々へプレゼンテーションを行う

和歌山医科歯科大学の講堂にて、和歌山県と和歌山市の行政の方々へ向けたIUW2024和歌山のシンポジウムに参加した。シンポジウムでは実際に計画をする際の課題をスキャニングした3Dデータで確認しながら検証したことや、前日に行った雑賀崎極楽寺での住民の方々へ向けたVR体験を含んだプレゼンテーションの成果等を報告することができた。

数日後の和歌山新報の記事にても今回のIUW2024和歌山の活動が取り上げられた。

2024年11月27-12月3日 「芸術未来研究場展」/東京藝術大学大学美術館

「芸術未来研究場展」では、制作した点群データの中に設計提案物を挿入したVR体験、図面や模型、現地の空撮動画、極楽寺でのプレゼンの様子の動画を展示した。これまでは図面や模型、CGが多かった建築のプレゼンツールにドローンや3Dスキャンイングによるデータが加わることでより、来場者に対して提案の意図や空間の大きさをより感覚的に理解してもらえることができたように感じる。本展示を通して、デザインサーベイにDXを用いることで画期的なコミュニケーションツールになる可能性を感じた。デジタルツールを使用した対話やコミュニケーションを重ねることで建築やまちづくりにおける空間の共有方法は大きく変わっていくように思える。

2024年12月3日 「芸術未来研究場展」トークイベント/東京藝術大学大学美術館
:現地、雑賀崎の漁師の池田さんをお呼びしてトークイベントを行う

芸術未来研究場展の期間中に和歌山県雑賀崎の漁師の池田さんをお呼びして、池田さんが構想するまちづくりや雑賀崎の現状についてのトークイベントを行った。
現地だけではなく本企画を行なっている大学でも活動報告を行うことで、デザインサーベイ、建築、まちづくり、地方活性化、DXの認知と可能性の模索を行えるよう精力的に企画を行なった。

2024年3月20-23日 「ARTDX #2展 成果発表展」/東京藝術大学
:本企画の成果展を行う

ART DX EXPO #2 成果発表展」では、プレゼンボード、提案設計物の模型、空撮の映像、VR体験、を通して本プロジェクトの展示を行った。今回使用した3Dスキャンのようなデジタル的側面と従来のフィールドワークのようなアナログ的側面の両端を展示を通して伝えることができた。

2025年8月(予定)  第3回フィールドワーク兼設計提案/和歌山県雑賀崎
:雑賀崎の漁師の池田さんが所持している建物の改修提案を行う(予定)

昨年度の和歌山県雑賀崎のデザインサーベイと住民の方へのプレゼンテーションを通して実際に現地で協力してくださった漁師の池田様から空き家の改修のご相談があり、今年の8月に現地にて建築物と周辺の実測調査、並びにVRを用いた設計提案を予定している。

環境設計第二研究室 (宮本凱土+ヨコミゾマコト+出井夕香子+棚田悠介+平野紗菜+渡邊晴哉)
在職期間/指導教/主な調査場所
:1962〜1990/茂木計一郎/同潤会アパート青山・代官山、愛媛県外泊、奈良県白毫寺町
:1989〜2008/片山和俊/中国安徽省、同福建省、同浙江省、山形県金山町、長野県南木曽町
:2009〜現在/ヨコミゾマコト/和歌山県雑賀崎、宮城県七ヶ浜町、宮城県雄勝町、秋田県藤里町、山形県金山町、新潟県新発田市