生体情報の記録と交換のためのプラットフォーム《IBaaS》の開発

概要

本プロジェクトでは、さまざまな生物の生み出す生体情報の記録や交換を担うプラットフォームを開発し、インターネットを媒介した生物相互作用の新たな形を検討する。誕生以来、ヒトのための空間であり続けてきたインターネットには、ほかの生物が関わる余地が大いに残されている。ミドリゾウリムシの体内時計から時間の表現や再定義を試みてきた代表者は、生物個体のもつ周期性リズムなどを交換可能な情報資源として扱えるようにすることで、新たな価値の創出を試みる。

装置制作協力:土田恭平、森井裕史、恒吉優紀
制作にあたっては、令和5年度文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業の支援を受けました

実施報告

代表者(以下、作者)は、これまでミドリゾウリムシ(Paramecium bursaria)という微生物の体内時計リズムを計測し、そこから時間を表現する装置や、ハエトリソウ(Dionaea muscipula)という植物を対象とした活動電位の計測装置などを作品として制作・発表してきた。今回のプロジェクトの狙いは、これまでに作者が試みてきた生体リズムの計測を、いわば生物から情報という”資源”を拾い上げる行為と見做し、その交換や転用から生まれる価値について検討することにあった。

そのために、さまざまな生物の生体情報をリアルタイムにストリーミング・蓄積し、なんらかの形に転化するための汎用的なプラットフォーム、IBaaSをインターネット(Web)上に構築することを試みた。今日のインターネットでやりとりされる情報は、そのほとんど全てがヒトか、ヒトが作った機械によって生み出されたものに限られている。ヒト以外の生物によって生み出された情報がインターネットに関わる余地はまだ十分に検討されておらず、この観点からも今回のプロジェクトには一定の意義があると考えた。

本プロジェクト実施期間中の主な成果物は、1) 100μmオーダーの水中微生物の活動量を計測・発信する装置 2) 装置から発信された情報をリアルタイムに処理するWebプラットフォーム の2つである。当初予定していたアートプロジェクトとしての発表(鑑賞者の自宅等においての作品体験)は期間内には実現されなかった。また成果物の完成度はいずれもプロトタイプと呼べるものにとどまった。

プロジェクトの初期段階ではまず、装置部分の制作のうち、電子回路および基板設計から着手した。装置の内部構成は大きく①マイコンと周辺装置のためのコネクタを備えたメインボード、②レーザー光を放射するエミッターユニット、③フォトインタラプタの原理で生物の活動量を計測するセンサーユニットの3つに分けられる。プロジェクト開始以前に基本的な技術検証は完了していたものの、装置全体を小型化するためには部品の再選定が必要であり、ここに3ヶ月ほどの期間を費やした。とくにプロジェクトに適したレーザーダイオードとレンズの選定が課題であったため、愛知県岡崎市の基礎生物学研究所において、オリジナルの顕微鏡光学系をデザインするための合宿実習に参加するなどして基本的な技術・知識の習得に努めた。

部品の選定後は装置の筐体の設計に着手した。プロジェクト期間以前の検証段階では、FDM方式3DプリンタによるPLA造形物を筐体として採用してきた。今回は審美性と耐久性を加味して、アルミニウムの切削加工を前提としたものへと3Dモデルを再設計し、製造を外注した。中国への発注であったため一度の発注から納品までに2週間程度を要し、モデルを修正して再発注するプロセスの繰り返しに1.5ヶ月程度をかけた。装置がプロトタイプと呼べる完成度にとどまっているのは、主にこの筐体の設計不備により、組み立てや量産が十分に簡単な基準に達しているとは言えず、展示のためには手作業による追加工が必要であった。

Webプラットフォームの制作は、筐体の設計・発注とほぼ同時期に行われた。基板設計のフェーズでは部品の選定に多くの時間をかけたが、ここでもプラットフォームに採用する技術とアーキテクチャの選定に大部分の時間を費やした。今回ほとんどの開発は作者自身によって行われたが、今後の機能追加や開発を外注する可能性などを考慮し、他者にとっても理解が容易でかつ拡張性の高い設計を慎重に行う必要があった。開発はMicroservices、 Monorepo、 Domain-Drivenといった設計思想をキーワードに実施され、バックエンド技術としてはIaaSとして最大のシェアを持つAWS(IoT Core)を採用した。フロントエンドの技術は栄枯盛衰の周期が短いために10年、20年後の様態が予測できない。ReactやVueといったフロントエンドフレームワークは採用しない判断をした。

生物が生み出した情報を資源として転用する上でプラットフォームが持つべき機能、及びインタフェースのデザインは、今回プロトタイプとして新規に検討された。作者はこれまで生物の体内時計をテーマとして扱う作品を制作してきたが、ヒトを含むほぼ全ての生物の体内時計に影響を与える最も効果的な方法は、生体を光に暴露させることである。生体情報をもとに照明をコントロールする機能をプラットフォームに実装することで、異なる生物のあいだにも比較的容易に相互作用を生み出すことができると考えた。そこで先述した装置で計測された活動リズムによって制御が可能なIoT照明、及びその制御の仕組みを開発した。鑑賞者が任意に情報の提供生物や、制御対象の装置を切り替えられるためのインタラクティブなインタフェースについても検討した。過去に作られたノードベース、ブロックベースのプログラミングインタフェースを参考として、生体情報の流れをデザインするためのGUIを新規に開発した。

最終的には、生物の活動量から実際に照明をコントロールするデモ展示を実施した。展示ではヒトの心拍とミドリゾウリムシの活動量を用いたが、ほかに同程度の大きさの水中微生物としてブレファリズマ(Blepharisma japonicum)などで装置の有効性を確認した。

今後、引き続き植物や菌類などさらに多くの生き物をプラットフォームに関わらせる方法を模索しながら、計測・表現のための装置開発、及びインタフェースの改良などを続けていく予定である。

川田祐太郎
1996年、高知生まれ。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)修了。
装置を作ることで生物相互の関係性の理解や再構築を試みる。一過性の体験にとどまらない表現のため、生活の中にあっても違和感のないような装置を、それが実際に普及する可能性を念頭においた持続可能なシステムとして提示する手法に挑戦する。