ヴァイオリンとライヴ・エレクトロニクスのための作品委嘱と演奏・研究発表

概要

本企画では、IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)作曲研修員である青柿将大氏にヴァイオリンとライヴ・エレクトロニクスのための新曲委嘱を行い、その委嘱過程の公開、作品分析に関する研究・演奏発表を行った。企画者は、IRCAMにて創作されたヴァイオリンとライヴ・エレクトロニクスのための作品における両パートの双方向的干渉について研究しており、本企画は企画者のこれまでの研究の発展に位置付けられる。藝大ART DX発表展にて委嘱作品および関連作品の研究・演奏発表を行うとともに、日本音楽学会にて研究発表を行った。

作曲:青柿将大
エレクトロニクス:佐原洸

実施報告

本企画では、企画者の博士論文での研究――IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)にて研究・創作された、P. ブーレーズ、E. ニュネス、P. マヌリによるヴァイオリンとライヴ・エレクトロニクスのための作品研究――の発展として、IRCAM作曲研修員(2022年9月〜2023年9月)である青柿将大氏にヴァイオリンとライヴ・エレクトロニクスのための新曲委嘱を行い、その委嘱過程の公開、作品分析、作曲家インタヴューに関する研究発表と演奏発表を行った。企画者は、IRCAMにて研究・創作された本編成の作品をテーマに、どのようにライヴ・エレクトロニクスがヴァイオリン・パートに効果を与え、ヴァイオリン・ソロの手法と融合しているのか、両パートの双方向的干渉について研究しており、本企画はその発展に位置する。

委嘱作品は、ヴァイオリン・ソロとライヴ・エレクトロニクスの編成であるが、最初にヴァイオリン・ソロ版《Soli 1》を完成させ、後にヴァイオリン・ソロとライヴ・エレクトロニクス版《Soli 2》を完成させる作曲プロセスを取った。ヴァイオリン・パートの素材は両作品において同一であり、エレクトロニクス・パートはMaxおよび[iana~]などのエクスターナル・オブジェクトを用いて生成される。本委嘱作品では、両パートの関係性において、ヴァイオリン・パートの長いグリッサンドのパッセージで、人間の知覚上重要な周波数成分のみを抽出することが可能な[iana~]を加算合成のプロセスで用いることにより、両パートの音色の融合を意図した。ここでは、ヴァイオリン・パートの「奏法の強調」の効果が見られる他、全体を通して、基音laをFreezeさせることにより生じる、ヴァイオリン・パートの「主要音の強化」の効果など、ヴァイオリン・パートの属性を増幅させる効果が見られた。一方で、細かいグリッサンドのパッセージでは、ヴァイオリンと加算合成のための正弦波による音の距離感により、両パートは独立し、対照的な関係性を築いている。本作品ではこれらが交互に進行することで、両パートにおける融合性と対照性を繰り返し、両関係性の行き来による音楽的充実度を図った。一方が他方に近づくことで融合が可能になるが、両者が対等に相互関係を築いた上で、融合することで、初めて対照性を知覚することが可能になる。本作品において、元来音色的に属性が異なる両パートが、独立→融合→対照のステップを踏むことで、これら複数の関係性による多面的な音楽効果が生み出された。ライヴ・エレクトロニクス作品において、リアル・タイムで録音された器楽音が増幅・音響処理され、スピーカーから流れるという構造上、もととなる器楽音とエレクトロニクスの距離は近付きやすく、両パートの融合やエレクトロニクスの伴奏的な役割は得られやすい。しかし、本作品のように、両パートを独立させ、対等な関係を築くことにより、両パートにおける関係性を自在に操ることが可能である。

3月17日に学内にて行われた演奏・研究発表では、委嘱作品の委嘱背景や過程、作品解説、考察についてパワーポイントを用いて発表し、《Soli 2 ヴァイオリン・ソロとライヴ・エレクトロニクスのための》を演奏するとともに、IRCAMにて創作された他2作品――ヌリア・ヒメネス・コマス《Red harsh…》とエマニュエル・ニュネス 《Einspielung 1》――の演奏を行い、委嘱作品と各作品の比較を行った。また、3月23日には日本音楽学会東日本支部定例研究会(福島大学)にて、本委嘱作品におけるヴァイオリンとエレクトロニクスの双方向的干渉について、両パートの独立性を得るための作曲手法について、研究発表を行った。発表後の質疑応答では、作曲・電子音響エンジニアの先生に興味深いご質問・ご指摘を頂き、今後の研究課題が明確になった。  

本企画では、博士論文での研究過程で起こった疑問を委嘱という形で検証することができ、また両パートの独立・融合・対照性など、複数の関係性による多面的な音楽効果を生み出す作品を委嘱することができた。 3月17日に学内にて行われた演奏・研究発表では、亀川先生、山田先生をはじめ、研究室の学生の方のご協力のもと、音響研究室より機材を借用し、演奏を行うことができた。ご協力頂きました先生方、関係者の皆さまにお礼申し上げます。

河村絢音
ヴァイオリニスト。
2015年桐朋女子高等学校音楽科を卒業後、パリ国立高等音楽院第一(学士)・第二(修士)課程ヴァイオリン専攻、第三課程アーティスト・ディプロム現代音楽演奏科、フランクフルト音楽大学大学院修士課程を修了。現在東京藝術大学大学院音楽研究科博士後期課程に在籍。これまでに欧州の主要な音楽祭で演奏する他、パリ管弦楽団、アンサンブル・アンテルコンタンポランでの賛助出演、エレクトロニクスとの演奏、多数の初演に携わる。kasane主宰。
https://www.ayanekawamura.com