概要
筆者は2018年度から4Dスキャン・メディア(Volumetric capture)分野を美術表現に応用する研究を始め、美術的な表現応用性を前提とした独自の撮影システムの構築や描画システムの開発を行うことで技術・技法基盤を確立しながら、それらの技術を用いて実証的に表現の可能性を検討してきた。4Dスキャン・メディアが有する様々な表現可能性や社会課題に対する提案可能性を考える中で本プロジェクトを申請し、当初は、東京藝術大学、横浜市交通局、横浜市立大の連携プロジェクトとして開始した。プロジェクト開始時点では、4Dスキャン・メディアによる人物のイメージと歴史的対象物(横浜市電など横浜市交通局が有する文化資源)の隣接から物語性を持った新しい視覚表現の可能性を模索していたが、プロジェクトにおける中心的な技術・表現様式である4Dスキャン・メディアやその周辺領域(写真測量-photogrammetryなどの発展的技術)の表現的特性について作品化を通して探る中で、今日的な実世界の時空間記録によってもたらされる人の知覚経験などの変容について再照準することとなった。4Dスキャン・メディアおよびその周辺領域によってもたらされる、具象性をもった「外部化された時空間」に焦点を当てながら、事実性や現実感の変容、知覚、心理、情動への影響について、作品として実践的に捉える試みとして本プロジェクトを推進した。
本展示は JSPS 科研費 21K00189 の研究成果の一部である。
実施報告
<プロジェクト実施経過 – 作品展示発表>
本プロジェクトでは期間内に、4期の作品展示発表を実施した。
時系列順に下記に4つの作品展示発表の概要を記述する。
1「シ-デン」展
[展示概要]
期間:期間:2023年9月23日(土)- 2023年10月9日(月)
会場:旧第一銀行横浜支店
作品概要URL:https://shashin1799.org/shi-den/
主催:東京藝術大学「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」
横浜市立大学先端医科学研究センターコミュニケーション・デザイン・センター
協力:横浜市交通局、横浜市にぎわいスポーツ文化局、横浜市電保存館
東京藝術大学、横浜市交通局、横浜市立大の3拠点からなる連携プロジェクトとして実施。旧第一銀行横浜支店の1Fを展示空間に、横浜市電500型の車内を高精細に3Dスキャンした電子的イメージ、そして私たちにとって根源的な対象である人物の、4Dスキャン・イメージによる双方の隣接を手がかりとしながら、それぞれの今日的な記録/表現を用いた拡張的映像を中心軸として構成するメディア・インスタレーションを展開した。ここでは4Dスキャンによる、リアルタイム描画に最適化したイメージングの開発や、横浜市交通局の協力により、現存する最古の横浜市電車両である横浜市電500型の車内を3D計測したデータを元にした超高精細モデルを制作した。
[6つの展示構成]
展示構成としては大まかに6つのセクションから構成されており、以下にそれぞれのセクションについて、概説を列記する。
❶欲望-媒材
120台を超えるカメラによって構築された独自の4Dスキャン(Volumetric capture)システム構造体そのものを展示。
❷拓-本(市電500型車両座席背もたれ)
市電500型車両座席背もたれのテクスチャを乾拓(フロッタージュ)により直接転写したドローイング。
❸紙-切符(メモ書きされた)
横浜市電500型と同時期に使用されていた乗換乗車券を展示。裏面に、山のスケッチと思われる絵と、地図的なメモが描かれている。
❹データ-出力
横浜市電500型車両車内の3次元スキャンデータに基づいて3D出力された造形物を展示。
❺無-題
横浜市電500型の3D計測、デジタルデータの制作過程、4Dスキャンのイメージング、などの本展示の制作プロセスを網羅的にサンプリングした動画イメージ群を展示。
❻まど-をもってうごく / window-ing
画面(ディスプレイ)を手に持ち空間的に鑑賞するために設計した独自のデバイスを中心としたインタラクティブ性のあるメディア・インスタレーション。かざした場所と仮想的な空間が相互リンクする構造をもち、画面に現れるイメージは、人物と500型車両内部、小物類など、実在する物体を空間的にスキャンしたデータのみを用いて描画されている。
以上のような6つのセクションから、人物と横浜市電をモチーフとした多様な表現の総体から、記憶や経験、知覚と想像に結びついた、今日における現実的な「記録」とその「表現」の可能/不可能性を探求する場を目指した。
総来場者数は1051人となり、来場者には横浜市立大学先端医科学研究センターコミュニケーション・デザイン・センターが制作した展示鑑賞に関わるアンケート記入を来場者任意で実施し、151人の回答を得られた。アンケート結果の一部を抜粋すると、満足度を「大変満足・満足・ふつう・不満足・非常に不満足・未回答」の7段階で評価した結果、「大変満足」が28.5%、「満足」が49%、「ふつう」が19.2%となり、「ふつう」以上の好意的な意見の合計が96.7%となった。
2「器 / Dish」
[展示概要]
期間:期間:2023年10月20日(金)– 10月30日(月)
会場および展覧会:「はならぁと 2023」桜井戒重・本町通エリア「経験の透明性 The transparency of experience」
作品概要URL:https://shashin1799.org/2023/11/25/731/
地域型アートプロジェクト「はならぁと 2023」内で開催した展覧会「経験の透明性」にて作品展示発表を行った。記憶や経験と深く関連する「記録」とその表現系による事例のひとつとして、筆者自身による私的な記録データとそのデータとの関わり合いについて、メディア・インスタレーション作品として展開した。2022年に亡くなった飼い猫の最期の姿を、思いがけず写真測量(photogrammetry)した出来事と、そのデータが起点となっており、その亡骸を写真測量したデータのあり方や、人間が経験する情動などの感受性について自己反芻的に考察し、作品化したもの。展示構成としては、当時撮影した577枚の写真からなる写真測量データによって復元した飼い猫の亡骸の形状を雌型状にして制作した「器」を中心構造として、その器の最も容量が最大となる水平を取り、そこに水を注いで、丸1日かけてその水を飲み干した様子を記録した「映像(14分)」と、「器」の元となった577枚の写真によるタイムラプスイメージング映像の3要素からなる。
3「まどをもってうごく / windowing」
[展示概要]
期間:期間:2023年11月10日(金) – 2023年11月26日(日)
会場および展覧会:東京藝術大学美術館 「芸術未来研究場」展
東京藝術大学美術館で開催された「芸術未来研究場」展にて作品展示発表。
「シ-デン」展で制作した「まどをもってうごく / windowing」を、単独の作品として展開。画面の描画解像度や描画品質の向上、デバイスを手にもって鑑賞する際のインタラクションやユーザビリティを見直し、ソフトとハードの両面で改良を行った。コンテンツの内容的には、横浜市電500型のモデルと人物の関係性がより抽象的な意味を強め、仮想空間的な配置の自由度や、4Dスキャンや3Dスキャンモデルのそれぞれのデータが持つシークエンスの条件分岐が多様なものに変化している。
4「shashin.1799-2024-03demo + 器 / Dish」
[展示概要]
期間:期間:2024年3月16日(土)- 2024年3月17日(日)
会場および展覧会:東京藝術大学Arts & Science LAB. 「ART DX EXPO #1」
東京藝術大学Arts & Science LAB.で開催された「ART DX EXPO #1」にて、本プロジェクトの最終成果展示として「shashin.1799-2024-03demo」と「器 / Dish」(本項2.の再展示)の双方の展示を行った。「shashin.1799-2024-03demo」では、本プロジェクトで行ってきた4Dスキャン・メディアの作品化で得た知見を元に、人物の対話をモチーフに、4Dスキャン・メディアが持ち得る特有の鑑賞性を検討する試作として、ロボティクスを用いた独自の半自立型インターフェースによる、デモ展示を行った。
<総括および今後の展望>
以上の4期の作品展示発表により、4Dスキャン・メディアおよびその周辺領域によって、具象性をもった「外部化された時空間」がもたらす知覚経験の変容や、美的な問いについて実践的に作品として具体化することを試みた。中でも「器 / Dish」は個人的な体験をベースとしながらも、具象性をもった「外部化された時空間」によってもたらされる、知覚経験の変容性を多分に含む性質を持つ作品と考えられたため、今後の進展にとって示唆的な作品となった。一方で、4Dスキャン・メディアを用いた作品化については、多視点動画に類する技術的な側面が驚きをもって受け入れられる傾向が強く、表現メディアとして記憶や経験に深く関連する問いや、可能性を十分に創出できたとは言えない。表現メディアとしての技術的な表現可能性ではなく、本プロジェクトによって再照準することとなった、具象性をもった「外部化された時空間」によってもたらされる、知覚経験の変容や、美的な問いについてより純化したものを、作品と芸術実践的研究の両面によって探究することを今後の課題としたい。
- 桒原寿行
- 事実性や現実感、知覚、心理、情動への影響を及ぼす経験や体験を成立させているものに注目し、その潜在的な可能性と問いについて作品制作と研究の両面で活動を続ける。近年では独自の4Dスキャン(Volumetric Capture)スタジオを構築・運用しながら、今日的な肖像の記録と表現について実践的に捉える「shashin1799.org」プロジェクトを主催。 第16回 岡本太郎現代芸術賞 特別賞受賞。主な展示会に第16回 岡本太郎現代芸術賞展(岡本太郎美術館)、岐阜 おおがきビエンナーレ2013、 ヨコハマトリエンナーレ連携企画 “東アジアの夢”(BankART NYK Studio)など。