fluid casting -流体の鋳造- 風を鋳込む

概要

本プロジェクトは、目には見えない風をデジタルの技術を駆使することによって視覚化し、鋳造することで風が流れているその瞬間を留め芸術作品として成立させると共に鋳造表現の可能性を広げることが目的である。

「fluid casting -流体の鋳造- 風を鋳込む」と題したこの企画では、流体であり一つの原型として形を留めない領域内にある風を恒久的なイメージと堅牢さを持つブロンズ像というかたちで表現していく。制作内容として人体の一部である手や腕などを3Dスキャンしデータを作成、流体シミュレーション内で任意の風をあて空気の流れを可視化する。その後、腕などの風を当てた対象物は取り除き風の部分だけを出力し鋳造する。

目に見えないものや捉えきれないものを現在のデジタル領域の力と工芸の技術を重ね合わせ、芸術作品として成立させることを試みた。

プロジェクト実施協力:浜田卓之 (東京藝術大学 芸術情報センター 教育研究助手)

実施報告

これまで様々な鋳造法を用いて粘土やワックスなどの原型を金属に置き換え、その素材の持つ魅力を形と響き合わせる事で作品を制作してきた。原型を異なる材質に移し変えることを軸に発展してきた型取りや鋳造方法はその反面、目には見えないモノや原型のない作品への関心や研究にまだ見ぬ表現の可能性が残っているのではないかと考えた。「fluid casting -流体の鋳造- 風を鋳込む」と題したこの企画では流体であり一つの原型として形を留めない領域内にある風をデジタル技術を活用し、鋳造作品として表現する事にした。

風のシミュレーション、原型制作について

初めに自身の手のひらを直接アルギン酸ナトリウムの型取り材で形を写し取り、石膏をその雌型に流すことで、手のひらの石膏原型を作成した。その石膏原型を3Dスキャンする事によって手の形のデータを作成した。石膏に移し替えたのは、生身の手をそのままスキャンするより静物の方が正確に手の形を得ることができると考えたためである。次に気体の物理シミュレーション内で任意の形をした風をデジタル化した手にあて空気の流れを可視化する。手のひらに風が当たる瞬間を画面上で確認しつつ、タイミングを見計らって作品化する瞬間を切り取った。3Dプリンターで出力する際に人体などの風を当てた対象物はデジタル上で取り除き風の部分だけを残す事によって、手に当たり変形した風の原型を得る事ができた。

当初は出力される風には、手が雌型(凹みの形)の状態として原型にはっきりと現れると想定していたが、実際にはうっすらとその形を残す程度であった。考えられる理由としては、風をシミュレーションする際に用いられるガウス密度を、メッシュデータ(形)に変換する際の精度が挙げられる。このシミュレーションでは表現の可能性を探る意味でも3点の小作品を鋳造まで含め制作する事にした。1つ目はモデルとなった手の形。2つ目と3つ目は、風が当たった直後と、そのあと風が抜けていく瞬間である。3Dスキャン、気体の物理シミュレーション、3Dプリントを用いることで風の原型を作成した。

風のブロンズ像、鋳造から仕上げまで

今回作品を鋳造するにあたって石膏埋没鋳造法を使用した。そのため手のひらの石膏原型はシリコンで型取り、3mm厚の蝋原型を制作した。レジンで出力した風の原型については、積層痕を消すと共に鋳造に必要な湯道(蝋でできた棒状のもので鋳造時に金属が流れる道になる)を付けやすくするため全体を薄くワックスでコーティングした。その後、鋳型用の埋没材で型を制作し焼成、ブロンズを流し込んだ。

鋳造後は、金属になった湯口・湯道、バリなどを取り除き表面を整えていく。着色前には脱脂をし、今回は日本の伝統的な金属の着色技法であるオハグロを用いた仕上げと、緑青を発生させ最後に色止めのため蜜蝋を用いて表面処理を行なった。

「fluid casting #2」
「fluid casting #2-2」
「fluid casting #2-3」

作品の制作意図としては、手の凹みのフォルムを映し出した風のかたちは、普段目にしている世界と目に見えない世界が逆転し現れた物である。それは見方を変えると有限でありいつか失ってしまう肉体も、目には見えない風の中にその記憶や想いが残っていて、この世界に存在しているのではないだろうかという感覚を思い描きながら制作した。この3点は8月に行われた「MITSUKOSHI×東京藝術大学 夏の芸術祭2024」にて展示をした。

デジタルデータによる風の形を用いた中型作品の制作

(完成イメージ)

上記の制作方法を応用し中型作品の制作にも取り組んだ。この作品では両腕をモチーフとした。前作同様に気体の物理シミュレーション行い、3Dオブジェクトの形式に変換。基本的な制作方法は同じではあるが、3点の小作品では形状的に金属が無垢になっている部分があったが、今作品ではデータを鋳造作品に適した3mm厚で作成、作品のサイズが大きくなったため2分割して出力しワックスを用いて接合した。その後専用の台座を溶接し制作、鋳造した作品は腕の雌型の部分に金箔を漆で貼り仕上げた。

「fluid casting -流体の鋳造- 風を鋳込む」

この作品で使用した金箔は仏教の考えから着想を得ており、肉体を失っても尚そこに残る人の思いが風に吹かれた瞬間に光り輝き現れた瞬間をイメージしている。11月に行われた芸術未来研究場展ではデジタル上で行なった風のシミュレーション映像を壁面に映し出しながら作品を展示した。

目には見えないものや捉えきれないものを最新のデジタル領域の力と工芸の技術を重ね合わせ、知覚することを目的とした本プロジェクトでは、1つの例として風を可視化し作品とする事でこれまでにない流体の鋳造における新たな表現への可能性を見出す事ができた。

堀田光彦
彫刻家、鋳金家
東京藝術大学美術学部工芸科鋳金研究室 教育研究助手 
現在 富山大学芸術文化学部 非常勤講師