伝統の繋ぎ方 – 伝統技法ワークショップと文化財 DX 事例を通じて –

概要

2040年には自治体の消失により、地域文化や伝統が途絶えていくことが予測されている。建築分野ではDX化が進み、3Dスキャンによるデジタルアーカイブは、修復や改修に必要な図面や資料製作に役立っている。

本プロジェクトは、3Dスキャンによる伝統建築DX・宮大工による伝統技法・地場産材を使用したワークショップの3点を軸に、新旧の技術を認知・体験し伝統継承に繋げるための試みとなる。

協力:吉匠建築工藝、大久野保育園

実施報告

はじめに

日本の建築や工芸品は、その土地土地の自然環境より恩恵を受け、風土と合わせて発展し、日本が世界に誇るものの1つである。近年では、技術者や後継者が不足し、各地では文化や技術の継承が困難な状況となっている。2040年には、自治体の消失や各地の寺院の減少、大工をはじめとした職人も減少の一途をたどり、地域の伝統文化はますます途絶えていくことが予測されている。地域の山林や川、田畑などからの恩恵を受け、保全を行いながら共存して培ってきた里山の景観や土地の産物、技術や伝統を継承してきた日本の建築や工芸など、日々の生活は変容の最中にある。

建築・伝統構法の分野においてもDX化が推進され、様々な工夫を凝らして継承する努力が行われている。しかし、昨今は日本建築や工芸品といった伝統的なものづくりに日常的に触れる機会は少なく、それらの工夫や実態については、世間的な認知度は高いとは言えない。

伝統的な技法に触れ、地域の素材を活用することは、我々の日常におけるクリエイティビティをより豊かなものとする。元来、各地の民芸品は地域の自然環境からの恩恵と先人達との結びつきにより、土地土地の特性を反映させたものとして受け継がれてきた。現代においても、地元素材の活用は地場産業を活性化させ、地域の雇用や産業を創出し、土地の伝統文化として人と地域を結び付ける一旦となる。そこで、地場産業地域や教育機関を対象として、認知・体験の機会を設けることにより、有効的な繋がりや新たな活用方法を創出する可能性を試みる。

本プロジェクトでは、東京の林産地域である多摩エリア近隣の住民や、都市部の学生などの参加者を募り、宮大工による伝統技法の見学と地域素材を活用したワークショップを行い、3Dスキャニングを用いた文化財建築のDX活用事例の紹介・鑑賞をおこなう。

実施内容

はじめに、ワークショップ用に組木立体造形のデザイン設計をおこない、木工加工を宮大工に依頼した。
一度に大勢がワークショップに参加することが可能であり、道具を使わずに自身の手だけで組み立て作業がおこなえ、子どもから大人までの幅広い年齢層が共創できることを目的とし、釘などは一切使用せずに伝統技法をアレンジした組木構造による立体作品の制作をおこなう。およそ直径2mのトーラス型を土台とし、3本の垂木を差し込むことで完成するデザインとなっている。これは、上面からのアングルで鑑賞することにより、円に三角の図像が現れるような形状としている。

9月には、林産地域で社寺建築も多く点在する西多摩エリアにおいて、宮大工による伝統技法のワークショップを実施し、親子連れの住民や都市部の学生等が参加した。はじめに、神社仏閣の建立を行うための継手技法を実際に触れながら学び、上記の木組により作られた立体造形作品の組立を参加者全員でおこなった。組立後には、作品の3Dスキャニングをおこない、その様子を鑑賞した。

10~11月には、文化財建築の3Dスキャニングを実施。芸術未来研究場展では、ワークショップで組み立てた組木立体造形の展示と、ワークショップにてスキャンをおこなったデータをもとに制作した映像作品、さらには文化財DXの事例として国宝・明通寺の3Dスキャンデータを元に作成した映像作品の展示を本プロジェクトの活動記録として東京藝術大学大学美術館本館にておこなった。

12月の芸術未来研究場展の終了直後には、スピンオフ企画として宮大工による木材加工の実演披露を兼ねたワークショップと、3Dスキャンの実践的な内容やデータ活用事例のトークイベントをデザイン科プレゼンテーションルームにて企画・実施した。デザイン科以外の学科からの参加者や他学からの参加者も見受けられた。

翌年3月には、再び多摩エリアにおいて、地場産材の木工加工のワークショップを行い、伐採材や古材から製材し、電気工具や手工具を用いて加工し活用する流れを住民や学生と共に体験した。
ART DX EXPO #2の展示では、大学会館2階会場にて文化財建築の3Dスキャンデータを元に作成した映像作品を発表した。

結び

建築分野ではDX化が進み、3Dスキャンによるデジタルアーカイブが行われ復元や保全に役立っている。デジタルアーカイブ資料は、修復や改修に必要な図面や資料製作に役立つだけでなく、取得した点群データから構造そのものや歪みを確認することを可能とし、建築分野では大きな役割を担っている。
その一方で、スキャンデータは図面や仮想空間としての利用が大半となり、スキャンデータの活用の余地は十分にある。今後も、新たな活用方法を模索し続けると共に、企業や研究者と共に協働を図る。

本プロジェクトにおいては、西多摩エリアとデザイン科でのイベントにおいて、3Dスキャニングの事例の紹介や実演をおこない、同時に宮大工による伝統技法を鑑賞・体験するワークショップを児童から学生、地元住民を中心といた社会人を対象として実施した。
クロード・レヴィ=ストロースによる、継承と科学のブリコラージュでのみ人類は今後も進化することができるという言葉にあるように、新旧の技術を認知・体験することは、それぞれの選択肢を持ち視座を広げる上で重要な機会となる。このような活動を単発としておこなうのではなく継続することで、さらに地域と人と素材を結びつきける機会を創出し、地域文化・技術の継承と活用の可能性を広げることに尽力する。

最後に、「I LOVE YOU」プロジェクト並びに芸術未来研究場の関係者様、吉匠建築工藝と大久野保育園をはじめとした本プロジェクトにご協力頂いた皆様に心より感謝申し上げる。

湯澤大樹
デザイン科 テクニカルインストラクター
宗教・図像学をもとに、社寺研究をおこなう。拠点を移した東京・西多摩郡日の出町において、藝大・不忍荘の解体材や地場産材を利用して文化拠点・交流事業をつくる日の出アートビレッジ・プロジェクトを開始。住民や学生と共同で、地域工芸の継承活動・自然農法・多摩産材のワークショップなどを実施中。