
概要
3Dプリンターをはじめ、レーザーカッター、UV プリンターなどのデジタルファブリケーションが、個人でかたちを起こすことのハードルを劇的に低くした。手を動かしてつくることを愛好する1人として、3Dプリンターで靴下編み機をリデザインすることで「ものをつくる」という、かつて多くの人の日常において当たり前だった行為を、つくり手や使い手、環境、素材、持続性など、さまざまな視点・立場から見直してみたい。
協力:ウィーブハリサ
実施報告
靴下編み機について
靴下編み機の起源は、1589年、イギリスのノッティンガムの牧師であったウィリアム・リーがひげ針を発明し、手動式の靴下編み機をつくったことが始まりといわれる。日本では、明治6年(1873年)に開かれたウィーン万博から持ち帰られた編み機をモデルに、東京府の楠本正隆が鉄砲鍛冶の名人であった国友則重に模倣品を作らせたものが国産第一号の編み機といわれている。その後、日本の靴下編み機は産業として成長していき、靴下は個人が手編みで作るものから機械で編まれた既製品を買うものへとシフトしていった。
本プロジェクトはたまたま岡山の針工場に眠っていた針を譲っていただけたことから始まる。この針は昭和時代に機織り型の編み機が販売されていた頃に作られたベラ針と呼ばれる針で、工場がSNSにてデットストックであるその針を欲しい人は連絡して欲しいとの投稿を偶然にも見つけたことがきっかけである。ベラ針がどのような働きをするのかも分からなかったが、調べてみると海外の円筒形状の靴下編み機にも同じような針が使われていることが分かった。私はそれまで編み物未経験であり、初めから大きなものを編むのは気が引けたので、靴下であればそこまで手がかからないのではないかと考え、譲ってもらった針を元に靴下編み機の制作に取り掛かった。幸い、海外では靴下編み機をいまだに使用しているユーザーも多く、YouTubeに靴下を編んでいる様子を投稿した動画を見つけることができたので、動画でわかる範囲で形をモデリングし、3Dプリンターで出力し検証を行った。
制作について
円筒状の靴下編み機の原理としては、糸を回しながら針に引っ掛けていき、その際、針を上下運動させることで糸をループ状に編んでいくというものである。仕組みとしては単純だが、回すだけで筒状に編まれていく様子は動画で見ているだけでも、小気味良いものだった。ただ、実際に回せるものを作れるまでにだいぶ時間がかかってしまった。形としては問題なさそうなのだが、どうしても針を上下運動する際に3Dプリンターで出力した部品の上を針が滑らかに進まず、止まってしまうことが続いた。結局、動画だけでは解決方法がわからず、仙台の毛糸屋さんが海外の金属製靴下編み機を所有していることがわかったので、見学させていただいた。結論から言えば、潤滑油を差していないことが主な原因であった。3Dプリンターは靴下編み機を制作する前から使っていたものの、主に模型やオブジェなど動かないものだったので、動かす場合は、3Dプリンターで出力したものでも潤滑油を差すことは盲点だった。また、実際の金属製の靴下編み機に触ることができ、靴下が編まれていく感触を直に体験できたことで、最終的な完成の精度を設定するのに大いに役立った。ネットにある動画では回ることが前提に話が進んでいくので、それ以前でつまずくと、制作できなくなる難点がある。ネットはすぐ調べられる反面、調べられることの限界と、実物から得られる情報の多さを身にしみた経験だった。
ワークショップについて

AMCの夏季公開講座として7月にワークショップ(1日間)を2日行った。定員はそれぞれ12名で小学生から、60代まで幅広い層の方々に参加していただいた。ワークショップの開催に向けて参加者のための靴下編み機を量産した。量産するにあたってCrealityから販売されている3DプリンターK1Cを4台稼働させた。そうすることで、1台あたり2日で生産が可能になった。
ワークショップは無事に開催できたものの、初回のワークショップは課題が多数残るものとなってしまった。当初の予定では靴下を1セット編み切る予定だったが、ワークショップの時間内に靴下を1セット編み切ることができた参加者はいなかった。片方だけ編めた参加者も3名ほどでその他の参加者は途中で糸が針から抜ける事態が多発し、最後まで編み切ることができなかった。原因としては2つ考えられる。一つ目は靴下編み機が完成したのがワークショップ直前になってしまい、進行を補助する助手に編み方を共有する時間を十分に取れずサポートが後手に回ってしまったこと。二つ目が、靴下編み機の精度問題として、踵部分を編む際の糸のテンションが一定にならず、糸が針から外れやすくなってしまい、一度糸が針から外れると一から編み直さないといけない状況になってしまったことが挙げられる。本来であれば、針から糸が外れても修復可能だが、その技術はある程度経験が必要なものであり、靴下編み機初見の参加者には難しい作業だった。参加していただいた方には後日靴下編み機で編んだ靴下完成品を郵送した。ただ、ワークショップ終了後のアンケートでは成果物として靴下を持って帰ることはできなかったが、靴下を編む体験自体は概ね好評だったことが分かり、改善してまたワークショップが開催できたらと考えている。
工場見学について

8月に奈良県の靴下工場と、針を提供していただいた岡山の針工場を見学した。奈良県は靴下の生産量が日本一である。1910年頃、海外視察帰りの吉井泰治郎が、手回しの靴下編み機を奈良県に持ち帰り、農家の副業として靴下作りが始まったことがきっかけで、特に大和地方の伝統的な綿(大和木綿)を原料として、奈良県は全国有数の靴下産地へと発展した。
靴下工場で現在動いている機械も針の本数や使っている糸の種類、高速自動化されてはいるものの3Dプリンターで制作した円形状の編み機と編む原理は変わらない。工場の編み機がコンピューター制御で、巨大化され機構が見えづらい分、直に編まれている様子が見える手回しの編み機は、工場の若い従業員の方には逆に新鮮に見えたらしい。靴下編み機に限らず、産業革命以降のものづくりは大量生産が基本となっているが、大量生産という仕組みはものづくりの工程をブラックボックスにしてしまう側面がある。手回し編み機が新鮮に映るという感覚は今後のものづくりの何かしらのヒントになるのではないかと思った。
針を譲ってもらった岡山の針工場に直接伺うのは今回が初めてで、自然豊かな山の中にその工場はあった。明治から受け継がれてきた機械を駆使して量産される針はデジタルなものには感じづらい、ものとしての時間的耐久性みたいなものがあるように感じた。靴下編み機用に譲ってもらった針も元々は昭和に作られたものであるし、それが問題なく動くということは改めて考えると驚異的である。初めはせっかくならといただいた針で靴下編み機を制作し始めたが、ものの魅力を3Dプリンターなどのデジタル技術を駆使して再発見することで、今では数少なくなっているこうした工場の継続のための力になれたら嬉しい。
ハンディキャップのある人の道具として

奈良県では工場見学のほかにGood Job! Center香芝を見学した。Good Job! Centerは、障害のある人とともに、アート・デザイン・ビジネスの分野をこえ、社会に新しい仕事をつくりだすことをめざしており、その中で3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタルファブリケーションを駆使しながら、張子などの商品を生産販売している。そこでは、障害を持っているため、支障のない仕事のみを行うのではく、障害を持っているからこそ、できる仕事を考え、主体性を持って仕事をする姿があった。今回見学した理由としては、3Dプリンターで制作した靴下編み機は、データを編集すれば比較的簡単に形を修正できるので、今までの量産品では使用することが難しいとされていた障害を持った方でも編み物が楽しめる編み機が作れるのではないかと考えたからだった。自分が想像していたよりも障害のある方ができることは多く思え、そういった人たちにも靴下編み機を体験してもらえたら楽しいだろう。ただ、そもそも問題なく動かせる靴下編み機の制作に時間がかかってしまい、障害を持った方用の靴下編み機を考えるのはもう少し先になりそうだと思った。
展示について

ワークショップが終わってから改良を進め、11月に芸術未来研究場展、3月にはART DX EXPO #2に展示させていただいた。展示という限られた空間ではあるものの3Dプリンターでの生産から、実際に組み立てられた靴下編み機が動く様子まで展示できたことで、普段はあまり表に出ない、ものを作る現場や行為を楽しんでもらえたのではないかと考えている。印象深かったのは、ハンディキャップを持った子を持つ親御さんが靴下編み機を見てお子さんにやらせてみたいと思ってくださったことだ。金属製のものと比べ、3Dプリンター制のものは部品ごとに色の異なるフィラメントを使用することでカラフルにでき、ものそのものが可愛い印象に仕上がったので、初見でも親しみやすかったのではないかと思う。また、金属製のものと比べて重くないことも展示するにあたってありがたかった。今回の展示はどちらも大学内での展示だったが、仮に大学外の場所でも配送しやすいのは金属製にはない利点である。
プロジェクトを通して

偶然から始まった今回のプロジェクトだったが、靴下編み機を通してさまざまな視点・立場からものをつくるという行為を見ることができたのではないかと思う。本プロジェクトでは当初、編み機の3Dモデリングデータをオープンソースとしてネットに公開する予定であったが、使用しているベラ針が工場のデットストック品であり、一般的に入手することが難しいことを踏まえて、量産可能な3Dプリンタ製靴下編み機の制作、靴下編み機を使用したワークショップの開催、展示にとどまった。3月の展示がプロジェクトの最終成果発表にあたるが、靴下編み機自体はもう少し改良の余地があるので、個人的に続けていけたらと考えている。

- 土田恭平
- 2022年東京藝術大学美術研究科デザイン専攻修了。芸術情報センター教育研究助手。