ロボット演劇「アンセム」シリーズ

概要

先端芸術表現科在籍の三浦星イレナが呼びかけつくられたロボット演劇のためのチーム「B-FAX」によるロボット演劇。「自分自身に含有される他者の意志や存在」をテーマに、二体のロボットによる対話をメインとしている。初演として、JR上野駅中央玄関口にて東京ビエンナーレ2025プレアクションの一環として「博士のためのアンセム」を上演。ブラッシュアップ版として2025年3月に「ART DX EXPO #2」にて「Anthem:Neo」を上演した。

ロボティクス:早稲田大学創造理工学部総合機械工学科 石渡凌太/益田隆太郎/池田亜弥流/伊藤大翔
千葉大学総合工学科情報工学コース(当時) 古家侑
脚本:日本大学美術学部演劇学科(当時) 福島さや乃
音楽:東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科 上本裕太
効果音: 東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科 横塚幸ノ助
Anthem:Neo会場スタッフ:東京藝術大学美術学部先端芸術表現科 渡辺美桜里 /東京藝術大学美術学部芸術学科 桑田光
照明: 東京藝術大学美術学部先端芸術表現科 辻芽依
Anthem:Neo母役:豊田ゆり佳
CG: 東京藝術大学美術学部先端芸術表現科 水金ウェン(当時) 東京藝術大学美術学部デザイン科 奈良澤達樹
搬入出/舞台美術:三喜田育
搬入出:東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻 橋本啓佑 /東京藝術大学美術学部彫刻科 今里亮介
『博士のためのアンセム』演出補佐:多摩美術大学演劇舞踊デザイン科 森こころ
取材協力:館山市建設環境部都市計画課公園係さま
制作場所提供:Moonlight Campsiteさま
『博士のためのアンセム』搬入出/舞台美術:渥美雅史さま
『博士のためのアンセム』特別協力:西原珉さま

実施報告


プロジェクトの背景と目的

こちらのプロジェクト「ロボット演劇『アンセム』シリーズ」は、2体(+1)のロボットによる対話劇を通し「自分自身に内在する他者の意志や振る舞いはどのように保存され、それがどういった形で未来へ継承されるのか」を探求を試みる演劇となった。

私(代表者三浦)は、アイラブユープロジェクト採択前から自身の血筋や社会的アイデンティティについての作品を制作することが多く、そのリアリティーを表現するために分身としての偶像を制作してきた。そして、そういった分身が激しく感情に駆られているような生命的な振る舞いをするところを目撃したい/しなければならないと思い、分身を動かすべくそれを「ロボット」という形で表現してみようと考えた。
またそういった分身が1体ではなく、自分の中にいくつか存在するアンビバレントな感情及び声それぞれに身体を与え、複数の分身による対話-演劇-という形式を取ることで、「私」は何によって構成され、どういった外的要因が作用しているのかを探りたいと感じていたからである。また、元来は「労働」を示すロボットというマテリアルに、あまりに内面的な感情やつぶやきをぶつけてみることにより、アイデンティティとは何かを問い直すことが可能になるのではないかと考えた。

その頃、アイラブユープロジェクトに応募するタイミングで、祖父の死を経験した。身内が亡くなる経験をしたことがなかった私にとってそれは非常に大きなショックであった。
そしてこの出来事を契機として、ロボット演劇のコンセプトに大きな変化があった。これまで自分のアイデンティティを国籍、血筋、性別といった大雑把な区切りで捉えていたため、次の作品も自ずと社会的アイデンティティに即した問題に触れるような内容になる予定だった。
しかし祖父の存在がすっかり消えてしまった後、私の身体の中に刻まれた「祖父の意志」がみるみる顕在化してきた。小さな振る舞い、こだわり、絶妙なイントネーション。何に笑い、何をかっこいいと感じ、何を美しいと感じるか。そういった嗜好の部分まで、私は他者の影響/存在によって成り立っていると気づいた。

そこで、このロボット演劇では私を構成する「他者の意思や存在」にスポットを当てた物語を制作しようと決心した。物語の舞台は祖父の出生地である千葉県館山市に点在する防空壕を選定し、防空壕の闇の奥で、歴史の代弁者が今も静かに誰かを待ち構え、偶然の出会いによってその歴史と現在が激しく交差する、それによって現在や未来の捉え方に変化が起こるような物語を考えた。
そしてそういった世代交代的な内容を、生命のような遺伝子の形を持たないロボットで上演することによって俯瞰的に表現しようと試みた。

研究実施内容

「ロボット演劇『アンセム』シリーズ」は以下のスケジュールによって執り行われた。

2024 5月 メンバー集め。広報やお声がけによって参加してくださるロボティクスメンバーと出会うことができた。また演出、脚本、音楽、CG制作といった専門分野を持つ皆さんとも出会うことができた。

2024 7月〜11月 制作期間。夏季休業期間を活用し、それぞれで製作を進めた。9月ごろからは共通の作業場を確保すべく、千葉県富里市に位置するキャンプ場「Moonlight Campsite」にて、ロボティクスメンバーと共に連日泊まり込みの制作も行った。ロボティクスメンバーによる決死の制作により無事完成に辿り着くことができた。
同時並行で、演出や脚本、音の制作や舞台美術の制作なども行った。

2024年11月 東京ビエンナーレ2025プレアクションの一環として、JR上野駅正面玄関口にて三日間のロボット演劇「博士のためのアンセム」を実施した。半屋外の環境でのロボットの操縦や会場の設営、youtubeライブを利用した観客への音声の共有など、複数の大掛かりなチャレンジを並行していたが多くの皆さんのお力添えにより無事成功させることができた。
人々の往来が交差する「駅」という特殊な環境とロボットの存在感が不思議と馴染んだことで、束の間でありながら上野駅の新たな光景を作り出すことができた。

2025年1月 ART DX EXPO #2での公演に向けた「博士のためのアンセム」のブラッシュアップ版の制作が始まった。今回は室内の上演であること、映像による表現を加えること、上演時間が40分に延長されること、私のプロットをもとに脚本は福島さや乃氏が執筆すること、ロボットのアップデート、人間の役者の追加など、前作との大きな違いが複数あった。
さらにアーツ&サイエンスラボ内のホールでの実施ということもあり、音響や照明といった、前回の公演よりも演劇的な表現を追求する必要もあった。また今回はステージ背景のスクリーンで映像の上映を行うことも予定していたため、撮影、編集、プロジェクターのセッティングなど先生方と協力し設営を進めた。

2025年3月 ART DX EXPO #2にて二日間の公演「Anthem:Neo」を実施。公演1日目にはロボットが横転するアクシデントにも見舞われたが、「壊れてもなお演劇をすることができる」というロボット役者特有のポテンシャルを発見することに繋がった。
演劇二日目は、初日のフィードバックを踏まえトラブルもなく演劇を終了することができた。

予算の使い方

こちらの予算はモーターやアルミフレームといったロボットの機構および骨組み部分の制作、3Dプリンターやフィラメントなどの購入のために使わせていただいた。

振り返り

「演劇」というとそこには、息遣いや、どもりや、嘘や、僅かな瞼の痙攣といった、身体に零れ出る感情の起伏、あるいは叫ぶことや大泣きすること、歌を歌うといった大小さまざまなエネルギーから鑑賞者は思考し、感情を揺さぶられる。そういった人間そのものの生命力が表現の力になってくる。一方ロボットには血肉があるわけでもない、骨はアルミフレーム製である。
ロボットによる演劇は、生命による作用を排し、ただそこに、どのように存在し、どういう声で、何を話すかというような「存在としての記号」を並べることによって立ち現れてくる愛と情熱を解明しようとする試みだったのかもしれない。
私はそれを、人間によってひらくような形をとるより、暗闇にて耳を傾け、砂を拾うようなやり方で見つけたかった。だがもちろんそれはまだ達成されていない。今後は、ロボットでいいのか、「物語」というナラティブでいいのか、一つ一つ疑いながら再構築していきたい。

またART DX EXPO #2の公演では観客の皆様からアンケートを回収させていただいたが、そこで散見された意見は、演劇としての脆弱さやミスを指摘する声、ロボットが演劇をすることを問い直す声、AI社会におけるロボット演劇について考察する声などが多かった。自身の関心とAIおよびLLMを使用した演劇の交錯する点を探りながら今後の表現について考えていきたい。

また内容的なこととは別に、チームでロボット演劇のプロジェクトを行うことの難しさを痛感した。一から団体を作ったこともあり、運営力、会計、広報、メンバーや先方とのコミュニケーション、時間管理など、私の実力不足の面も多かった。今後また誰かからご協力を賜る際は、今回の経験やフィードバックをもとに運営と時間管理を改めたい。

また、今回のプロジェクトを実施するにあたり非常に多くの方々のお力添えをいただいた。
学生のみによるロボット演劇の実例は、国内ではおそらく我々が初だろう。そのような困難が伴う機会に尽力してくださった多くの方々にこの場を借りて感謝申し上げる。

三浦星イレナ
2002年生まれ。東京藝術大学先端芸術表現科学部在籍。日本とポーランドにルーツを持つ。
幼少期から自分の身体やアイデンティティに違和感を感じていたことから、「異形」に親近感と憧れを抱くようになる。
高校卒業後、ポーランド人の祖母と初めて対話したことをきっかけに“ 非規範的な愛の言葉 ” の話し手として、ロボットの制作を始める。
2024年、ロボット演劇のためのチーム「B-FAX」を結成。最近では、キネティックな媒体を通して、ある個人の存在や意志を保存し、未来へ継承することを試みている。