00:00 Flights : 航空機運行データを用いたシステムとインターフェースの構築

1. 概要

本プロジェクトでは、地球上を飛行する航空機の運行データに着目し、特に現地時間深夜0時付近を飛ぶ航空機を追跡するソフトウェアの再制作と、そのインターフェースの考案、2025年3月に東京藝術大学「ART DX EXPO #2」での展示形式の成果発表を行った。最終的に成果物は、コンパス型デバイスとなった。このデバイスを空にかざし、現在深夜付近を飛行する航空機の方角に向けると、デバイスはビープ音で機体の存在を知らせ、低解像度ディスプレイに機体情報(コールサイン、国籍、現在地名、デバイスから機体までの距離)を表示する。

また、このデバイスが扱うデータは、作者の家庭に構築されたソーラー電力駆動(30Ah電池、自宅ベランダに設置した50Wソーラーパネル)のサーバーから配信された。

サーバーにおける計算フローは以下の通りである。

  1. 自宅に設置したアンテナ(ADS-B、Raspberry Piで運用)を用い、周辺を航空する飛行機の情報を無線で取得。これをオープンデータサイト「OpenSky Network」に提供する。
  2. データ提供を行うことで、「OpenSky Network」から世界の航空情報データを通常よりも多く取得できる。取得したデータは自宅サーバー内のデータベースに保存される。
  3. 現在現地深夜0時頃を飛行していると思われる機体情報を割り出して整理し、結果を小型デバイス用にWeb APIとして配信する。

デバイスの構成や設計については以下の通りである。

  • XIAO ESP32S3(Wi-Fi通信機能あり、自作Web APIにアクセス)
  • ジャイロセンサー/マグネットメーターモジュール
  • 128×128ピクセルモノクロLCDディスプレイ
  • その他 LED、トグルスイッチ、SDカードスロット等各種パーツ
  • 筐体と基板作成については、各種CADソフトと自宅の3Dプリンタでの試作、PCBGOGOやJLCPCBの自作基板製作、光造形3Dプリントサービスなどを駆使した。


2. 動機

デジタル資源の持続性への疑問

本作品は元々Webページとして制作されており、オンライン公開されていた無償の航空情報データを情報源として稼働していた。


しかし2021年、当該情報源はサービスを停止した。これにより、制作していたWebページも停止した。代替データを探すも、今日、航空に関する情報は大変高価であることに気付いた。このことは、改めてデジタル資源の根本的な持続・保存の困難性について考えさせられるきっかけになった。例えば、大きなプラットフォームや企業の決定などが導き出すサービスの変更や終了が、個人の制作物に直接致命的な影響を及ぼしたり、プラットフォームへの長期的かつ持続的な支払いに縛られたりせざるを得ないことがある、という性質だ。
これは単純に、個人的な制作物の安定性についての問題だけを意味するのではない。デジタルテクノロジーを利用する制作や広報が、手仕事や言葉のやりとりというよりも、MetaやXといった巨大企業サービスへの「支払い」に入植されているということについての、倫理観の問題でもある。
また、これまでの私の制作はソフトウェアという形式での成果が中心だったが、今回はキーボードやマウス以外のインターフェースを制作する機会とし、手を動かす経験を重視したいという思いもあった。そうした観点も含め、デジタルテクノロジーを扱いながら「できるだけDIYする」ことがどこまで可能なのか確認したいと考えた。

3. プロセスに関して

3-1. ADS-Bアンテナの運用と航空機情報の取得

概要への記載通り。

3-2. 国際線、眠らない社会

米国でのレジデンシープログラムに参加するため、2024年9月21日18時25分に成田空港からボストン行きの国際線に搭乗した。ボストンへの到着は現地時間2024年9月21日18時15分で、日本を出た時の現地時間とほとんど変わらず、自分の数時間が丸ごと消えてなくなる感覚があった。 このように、日本から国際線を利用したことのある誰もが一度は、時間の相対性について、極端な体験をしたことがあるのではないかと思う。

こうしたグローバルな輸送は、見えない労働によって支えられる。当然そこには24時間体制の管制や深夜労働の存在があり、それが人間の活動時間を拡張し、「いつでもどこでも」という現在の奇妙で気軽な感覚を形作っている。『24/7 眠らない社会』(ジョナサン・クレーリー著、石谷治寛訳)はこうした、人間の可処分時間の拡張に関する示唆に富んでいる。常時オンラインモードを形作る情報インフラの発展や睡眠導入剤などを例に用い、現代社会において、テクノロジーがいかに睡眠を制御するために扱われており、多くの労働が見えない深夜の時間帯にまで広がっていったのか、再読を通して改めて学ぶことができた。

3-3. コミュニティガーデン

2024年10月にニューヨークで、地域の人々がボランティアで構築するコミュニティガーデンを訪れた。ちょうど世話に来ていた女性がおり、彼女は最近庭に来ている鳥について素朴に語った。土を耕し、植物を育て、掃除するという、一見目立たない労働をすることで少しずつ変化を見せる庭に対し、社会の一区画を育てるという価値を見出しているように思えた。また、こうした奉仕が、自らへの励ましに繋がっているというニュアンスも感じられた。

こうして庭仕事のあり方を観察した機会は、日々の見えない労働、さらに言えば家事的な労働の価値を再認識するきっかけになった。文化的な発展とは、「最新のテクノロジーの導入とその駆使」という未来志向でマスキュリンな語りに支えられることが多いが、実質的には、不可視化されがちな、家事労働的なものの支えが多く存在するはずではないか。こうした観点から、2024年冬以降、東京の自宅でのサーバー構築作業に移っていく。

3-4. LOW→TECH MAGAZINEと自宅サーバー

LOW→TECH MAGAZINEというWebサイトがある。このウェブサイトは太陽光発電で稼働するWebサーバーで構築されていて、サイトの最下部には、サーバーの稼働時間数などがリアルタイムで表示されている。このWebサイトは、デジタルな情報が、物理的システムを根拠に私たちの日常を支えているということをプリミティブに示している。「ソーラー電力駆動のサーバーを家庭に、小規模に、できる範囲で構築する」という実験は、このLOW→TECH MAGAZINEにストレートに触発されたのが発端だ。

自宅で実践してみたところ、軽いHTTPサーバーやデータベースの運用にも、ベランダの日照時間ほどでは丸2日程で電力を使い果たす。省電力の設定、不具合監視など、発生するちょっとした手作業を家事労働として行っていくと、スマートフォンやタブレット端末が普段いかにエフォートレスなものに見えているかということを痛感する。テキストメッセージのような瞬時のやり取りの裏側には、膨大なデータを運ぶための意外と大きいエネルギーが存在し、時には物理的な移動の方が効率的であるという事実(「スニーカーネット」という言葉がある)さえある。ここで顕になるのは、情報技術の「重み」である。そしてその「重み」とは、しばしば私たちの視界の外にある、見えない労働の積み重ねなのである。

3-5. 「コンパス型」デバイスへの着想

2021年のバージョンでは飛行機の位置を表示する地図式のWebページを構築したが、今回は「コンパス」という、より相対的なインターフェースに焦点を当てた。絶対的で神のような視点を持つ地図とは異なり、コンパスは常に自分自身の位置を基準とし、周囲の状況を知るための道具である、という観点からだ。
華やかで高価な可視化テクノロジーが注目を集める中で、プライベートに自力で制作することが可能であり、「購買意欲でなくささやかな想像力について考えるもの」として何が考えられるかというアイディアのベースとして、例えば、「バスマスターズ」(タカラトミーの釣りゲーム)があった。これは魚群探知機のような画面で、自分を中心として周囲に広がる仮想の釣り場を把握するものだ。また、「警察察知用のソナー」も、同様に持ち主を中心とした周囲の電波状況を探るデバイスだ。
これらのデバイスには、ディスプレイ描画の精密さや派手さはないが、簡易的な描画や通知音を通して身の回りの状況を主体的に捉えるという点で、今回のコンパス型デバイスの着想の元となった。結果的な構成は概要への記載通り。

補足: DIYとグローバルサプライチェーン

デバイスの基板や筐体のデザインのプロセスにおいて、中国由来のサービスに助けられる機会が非常に多かったということを補足する。部品や部材が、驚くほどの速さで東京に届いてしまう。皮肉にも、テッキーなDIY精神は、中国のデジタルテクノロジーや深夜労働、グローバル物流と深く繋がっていく。平和的なものづくり精神の背後には、中国の常時稼働する社会構造が存在している。この実態についてのリサーチは、まだ手が届かなかった部分だ。

4. まとめと展望

今回のプロジェクトを通して、ソフトウェアの抽象的な計算を具体的な「モノ」として提示するという目標を一度達成することができた。また、普段は目に見えない情報技術が、手に取れる形として立ち現れたとき、それは単なるガジェットではなく、私たちの生活を支える基盤そのものを示す。デジタルな世界の奥深くに潜むエネルギーに関する思考や労働を、具体的に個人が取り組める規模で実践し提示できた。

ここから考えられる展望としては、次のようなものがある。例えば、データの配信や共有といった技術に関し、それを個人が構築、維持、運用可能な規模で取り扱うという観点は、女性とクィアにとっての知識共有を安全かつ私的に行うという目的に活かせるのではないか。つまり今回のような実践と、インターネットやクィアの歴史、スペースの創造に関する取り組みとの交点を見出すという展望である。極端に公的な声明を出す個人による、衝動性のある情報拡散、それによる政治性の生成を志向することとはまた別の通信のあり方、そのためのプラットフォームについて考えられるのではないか。今後はそうした奉仕を志向できればと考えている。

岡千穂
現在、東京藝術大学芸術情報センター 専門研究員。カスタマイズしたツールやソフトウェアを用いた音楽演奏や即興演奏を2018年頃から続ける。演奏で得たメディアテクノロジーの知見を生かし、パフォーマンス作品やアプリケーション、オブジェクト等の制作も行う。また、複数の若手美術作家による実験販売活動「カタルシスの岸辺」の店員としても活動中。