脱皮-759 Insects-

概要

今回の企画は、2020年より取り組んできたとある759体の昆虫標本の3Dモデルの構築、ならびにアーカイブの実用的展開への試みとして展覧会(連携企画)に取り組んだ。私はこれまで、昆虫をテーマ・モチーフとして学部から現在に至るまで作品制作やリサーチを行ってきた。その中で、大学院の修了制作を行っていた2020年に、欠損や劣化などの理由により展示品としての役目を終えた昆虫標本について昆虫館から相談を受けた。当時、私が昆虫館にて拝見した昆虫標本は、個体のコンディションやラベルなど管理も決して良いとはいえず、一般にいえば役目を果たしたと感じる状態だった。しかし、今回の連絡はこれまでの私の作家活動を知った上で、「アートという視点から新たな展開が出来ないか」という依頼でもあった。そのため、一作家として昆虫標本に対して新たな価値を提示するきっかけになると考え、連絡をいただいた759体全ての昆虫標本と向き合いながらしばらく制作を進めることになった。

この759体の昆虫標本たちを扱ったプロジェクトの事始めとしては、2021年度の大学院修了制作にて《標本の再生》の制作を行なった。全ての昆虫標本をスライドショーとして約1分間の動画にまとめた映像作品である。また、2022年10月には759体の昆虫標本全てを原寸大で掲載した昆虫図鑑『NO-RECORD-FOUND CERTIFICATE -759 Insects-』の出版を行った。本書では、出版という保存・流通形式を取ることで、書籍を手にとってくれた方の本棚に行き場の無い昆虫たちの新たな居場所を作り出すことを試みた。このように2020年から3年間に渡り、寄贈を受けた昆虫標本に纏わるプロジェクトを展開してきた経緯を踏まえて、本プロジェクトでは昆虫標本の3Dスキャニングによりデジタルモデルの構築を試みること、またこれまでのプロジェクトを俯瞰する展覧会を開催することで、アーカイブの実用的展開を行った。

このような昆虫をテーマ・モチーフとしたデジタルアーカイブの構築ならびにその展開としての制作・発表という試みは、国内においても顕在化し始めている美術品などの収蔵の問題を始め、他者としての「昆虫」をメタバースなどのオンライン展示や写真において近年注目を集めるファウンド・フォトといったアートシーンと接続する契機になると考えている。

関連企画会場:The 5th Floor
編集、関連企画キュレーター:岡田 翔
デザイン:相島大地

実施報告

本プロジェクトでは、7月にこれまで自身で行なってきた3Dデータ等をまとめ、8月4日から21日まで3Dアーカイブの実用的展開への試みとして展覧会を行った。会場はThe 5th Floorという会場で、3つの部屋からなる特徴的なギャラリーである第一会場では欠損昆虫標本を3Dプリントした作品群を展示し、第二会場では759体の標本をまとめた書籍、昆虫図鑑『NO-RECORD-FOUND CERTIFICATE -759 Insects-』とともにこのページを全てプリントし直し壁全面に展示した。これら二つの空間を通してアーカイブの形式による比較と考察を行った。第三会場では過去作である『LANDSCAPER』シリーズの展示をメインに行い、私が昆虫に向ける視線あるいは態度を表明する会場構成とした。また会期末には、南島興氏を招いたトークイベントを行い本展示の意義に対する理解を深めることができた。9月から12月には、昆虫標本のより高精細なスキャニングを試み、成果として、甲虫類に対しては、今まで自身でおこなってきたものよりも優れた3Dモデルの制作方法と表現方法を得た。課題として、トンボ類、蝶類の3Dスキャンの手法の更なる追求と、3Dデータのテクスチャーの取り扱いについて模索する必要が残された。

また、1月上旬からは、冊子制作のため8月の展覧会の会場記録やトークイベントの書き起こしを含めたアーカイブとともに、これまで実際に行ってきた3Dモデルの制作方法を制作ノートとしてまとめる作業に入った。アーカイブに関する制作ノートをまとめる意義として、2023年に施工された博物館法の改定などから、博物資料のデジタルアーカイブ化は近年より重要度を増していくと考えられる。このような状況に対し、個人が昆虫標本の3Dモデル化を行う際の具体的な手立てを示すことが図鑑の著者、展覧会の出展作家として必要であると考えた。制作ノートは、かつての僕のような昆虫を好きな中高生が、今後3Dスキャンを行う環境を整えるための一助となれるようなものを目指すこととした。

制作ノートでは、まず、鑑賞を目的とした昆虫標本と学術研究を目的とした昆虫標本における欠損の扱いの違いを確認した。次に、実際の昆虫標本の修復と3Dモデルの修復の違いについて考察を行った。その考察を終えて今回の取り組みでは、3Dスキャン時に発生するデータ上の欠損のみに限っては修復を行うこととした。その後、EinScan-SPという3Dスキャナーを用いて、昆虫標本を3Dスキャンする際に生じた問題と実際に行った対処方法を具体的に示した。最後には、スキャンしたデータを整えるためにZ-Brushという3Dモデリングソフトを用いて行なった3Dモデリングについてまとめた。

この制作ノートの執筆には、結局3月まで時間を要したが、実りの多いものとなった。今までの私の表現活動は、作品の展示を通して行なってきたため、作品や展示を説明するために言葉を用いようとしてきた。しかし、今回の制作ノートでは制作過程を言葉にすることで、これまでとは異なる視点から表現について関わることができたように思う。これら一連の制作ノートを通じて、アーティストである私の昆虫標本に対する態度の一端を示すことができたのではないかと考える。

3月16、17日に行われた「ART DX EXPO#1」では、これらの昆虫標本の3Dモデルを動画として書き出し、図鑑とともに展示を行った。

今後について

2024年、フォトグラメトリソフトのReality Captureの一部無償化が発表され、高価なソフトや3Dスキャナーなどの機材を用いず個人レベルで行える昆虫標本の3Dモデル化への選択肢が増えた。自身で実験をしてみたところ、実際には昆虫標本という微細な形状を伴う対象のフォトグラメトリには、やはり特殊な工夫が必要な様子であった。予定は立ってはいないが、今後、昆虫標本のフォトグラメトリを行いながら、この工夫すべき点について調べてまとめること、また、アーティストという視点から3Dスキャナーによるモデル化とフォトグラメトリーによるモデル化では、どのような違いがあるのかをまとめることで、昆虫の3Dアーカイブの活用に有用な資料を作ることができるのではないかと考えている。

岩崎広大
2017年東京芸術大学絵画科油画専攻 卒業、2021年東京芸術大学大学院油画専攻修士課程 修了。 昆虫をテーマ・モチーフとして、様々なテクノロジーを用いて昆虫がいるからこそ表現できる作品制作やプロジェクトを展開している。主な展示に、「Over the fence」(コートヤードHIROO、2021)、「ものののこしかた」(東京都美術館 ギャラリーB、2022)、「焦点帯 」(GalleryBlue3143、22)、「paper company Book Exhibition vol.1」(金柑画廊、2023)、「y-Generation VIII」(西武渋谷 美術画廊・オルタナティブスペース、 23)などがある。