4roots 展開する世界

概要

本企画は、4人の学生作家を取り上げたメタバース上の美術展覧会。ワールドと呼ばれるバーチャル展示室を複数制作し、鑑賞者はアバターとして展示室を巡る。以下3点を独自の試みとした。
①作品を3Dスキャンしたデータを展示
②絵画、演劇、デザインなど分野横断的な展示
③空間設計の自由さを活かし、制作過程や作者のルーツも展示
2023年10月からメタバースプラットフォーム上で公開中。

cluster 第一展示室(ロビー)への入室リンク:
https://cluster.mu/w/s/73b71d23-325c-4259-bd56-ac40d3eb0c19/entry

〇企画運営者
兼川凉(東京藝術大学美術学部芸術学科・学部4年)
柴崎真里(千葉大学大学院デザイン専攻・修士2年)
反町梨里佳(東京藝術大学美術学部芸術学科・学部2年)
森青花(お茶の水女子大学文教育学部人文科学科比較歴史学コース・3年)
谷津颯紀(早稲田大学先進理工学部物理学科・学部2年)

〇参加作家
JOY(千葉大学大学院デザイン専攻・修士1年)
サタケヒデキ(東京藝術大学絵画学科日本画専攻・2年)
nashi(東京藝術大学絵画学科日本画専攻・2年)
Hoshi Irena(東京藝術大学先端芸術表現科・2年)

※肩書は昨年度当時 

実施報告

1.企画主旨・目的

本企画は、メタバースプラットフォーム「cluster (クラスター)」を使用した、学生による美術展である。2023年10月16日〜11月30日開催。会場はcluster上で、自作した複数のワールドを連結させることで、作品及びその文脈(制作過程や作者の価値観等)をワールドを分けて提示した。「鑑賞者が作品と出会う場」へ次の3つの観点から挑戦することを目的とし、届けたい鑑賞体験の実現の幅を広げることを目指した。

①「人と出会うように作品と出会う場」をつくる。

アートは鑑賞者を触発し価値観の共有や衝突、新しい発見をもたらすものだが、周囲では「鑑賞してもよくわからなかった」という声が多く、アートがその真価を発揮できていないという課題意識があった。そこで本企画では、作品だけでなく制作過程や作者の原体験を含めて展示する。それらと作品の表現の間にある、作者がこれまで生きてきた中で生まれた実感や考えを感じやすくさせることで、鑑賞者自身が持つこれまでの経験・実感を刺激し、鑑賞者が気付きを深めたり、自覚的になることを促すことがねらいだ。それにより作品は単なる物ではなく、その鑑賞者にとっての意味を持つようになると考える。

②展示におけるメタバースの可能性を発見する(DX領域としての観点)

①で述べた鑑賞体験を実現するため、メタバース技術の空間設計の自由度の高さを利用して、以下のような展示方法とする。

・作品以外の情報は、音声や映像といった複数のメディアを使用し、かつ立体的に空間を使用することで感覚的な鑑賞を作る。例えば、肉声や複数の映像で作者の存在を意識させたり、実際の大きさを無視して巨大化させることで、作品の一部分に着目させるといったことができる。

・作品の世界観により没頭させるため、作品展示室と作品以外の展示室を完全に分け、それぞれの展示内容に合わせたデザインにする。

また、このメタバース技術は無料プラットフォームが利用できるため、「コスト面から、広い展示を確保するのは難しく、大きな作品が展示できない」「頻繁に展示はできない」という学生の課題も合わせて解決できると考える。

③誰でもできる先行事例をつくる

企画メンバーには、コロナ禍で周囲との繋がりが乏しくなり、展覧会の開催方法を相談できずに大変困った経験がある。特にメタバース上の展覧会は前例が少ない分、さらに自力で開催までの計画を立てるのは難しい。今回企画メンバーには特別メタバースに詳しい人材はいないが、その自分たちが「何を参照し」「何を使用して」「どのレベルの物が作れるのか」の規準を作ることで、汎用性の高いメタバース展覧会のための先行事例となることを目指す。そのため、メタバース技術や3Dスキャンにおける試行錯誤の過程をSNS・ホームページで発信する。

2.プロジェクト実施内容、経過

・メタバース展示(Cluster上、現在公開中)の作成と公開

時期:2022年12月~2023年11月

◯企画期(12〜5月ごろ)

企画メンバーを集め、メタバースとアートをコラボした領域で何かできないか考え始める。検討の結果、企画概要で述べた事情からメタバース空間で展示を行う企画となった。

そのため、作品の背景も含めて展示されること、作品がメタバース上にデータとして展示されることに賛同する作家に集まってもらい、企画側とペアを組み二人三脚で展示室を設計していく運びとなった。なお、できるだけ様々なメタバース展示の可能性を見つけるため、展覧会全体で統一するルールはなく、作家のジャンルも揃えていない。

◯データ制作期(主に8〜10月)

本展示では、パネルに描かれた絵、プラスチックと鉄でできたロボットなど、実物がある作品を扱っている。そしてそれらを立体のままデータ化しメタバース上に持ち込むことで、バーチャルでありながら物質感や作品の質量を感じてもらうことを目指した。それには3Dスキャンが必要であり、今回は3つのツールを使った。

1つは一眼レフとReallity Capture(編集ソフト)である。一眼レフで作品を360度から撮影し、それをソフトで合成するフォトグラメトリという手法だ。今回はサタケヒデキとnashiの作品に使用し、精巧な3Dデータ化に成功した。ただ、200枚弱の写真を合成するため、若干の解像度の低下は避けられず、肉眼で見たような質感には至らなかった。

2つ目はWIDERという、3Dスキャンができるスマホアプリである。操作性が簡単な割にはデータのクオリティも高く、Hoshiの作品と、nashiの作品以外の展示物(机の上やパレットなど)のデータ化に使用した。

3つ目はArtec Evaという3Dスキャナである。精巧なデータが作れる反面、初めて触る身からすると操作性が難しく、また非常に精密機器であるために機械の取り扱いも難しかった。結果的に今回は使用せずとなったが、主にその理由は使う側の経験不足であり、より精巧なデータ化を目指せる余地は十分ある。

◯展示室制作期(5〜10月)

参加作家と運営側から1人ずつ組み合わせてペアとなり、ペア間で打ち合わせを繰り返し、作家独自の世界観や、作品の特性に合わせた空間づくりを目指した。使ったのはunityというゲーム制作エンジンである。

このために新たに制作していただいた作家もおり、当初の計画から多くの変更が生じたこと、またunityも完全に未経験だったため、当初の想定よりかなり時間がかかったが、メタバース上でしか作れない鑑賞体験にできた。

例えば、サタケヒデキの作品データは、アバターに比して巨大にしており、実物の何倍もの大きさに感じるようになっているが、それによりアバターが近づくだけで(意識せずとも)作品の細部まで注目できる。またnashiの作品は、一面白い世界の水面上に浮かんでおり、現実世界ではあり得ない背景で作品を観賞できた(ちなみに、単なる背景ではなくアバターはその景色の中を自由に探索できる)。

・制作過程や展示内容のSNS発信(主にインスタグラム)

時期:2023年7月〜12月

インスタグラム、X、Facebookを運用(3つとも同じ内容)。前半は運営者や作家の過去作品の紹介、使用するツールや展示室を作っている過程などを投稿。後半は展示室内部の様子を投稿。各種イベントがあれば、その告知もした。インスタグラムはフォロワー123人、Xは31人、Facebookは4人であった。

・2023年11月の東京藝術大学大学美術館での展示(「芸術未来研究場」展)

時期:2023年11月

芸術未来研究場展の一展示として出展させていただき、ポスターでの解説文、メタバース空間を巡る映像、作品実物やリアルで展示した際の映像を展示した。また、AMCより機器を借り、VRゴーグルを使用して実際に展示室が回れるよう体験場も設置した。これにより、メタバース空間にある3Dデータの鑑賞と、リアルの展示室の壁にある実物を見る鑑賞を比較できるようにという意図である。

結果的にその意図が達成されたかは分からない(どちらかのみを見る方も多かった)が、特にVRゴーグルで体験された方からは色々な感想をいただけた。例えば、「どこからでも展示室に行けるし、展示方法や展示内容が広がるのは面白い」「VRゴーグルを使用することそのものがハードルが高い(慣れない、操作が難しい)」「肉眼のほうが細かい部分は見える」などだ。

・2024年3月の東京藝術大学付属図書館での展示(「アートDX」展)

時期:2024年3月

アートDX展の一展示として出展させていただき、ポスター3枚で企画の趣旨を、映像にてメタバース展示室をアバターが巡っている様子を展示した。

・展示制作をまとめた文書作成、note(アプリ)上での公開(記事タイトル「メタバース美術展覧会のつくりかた」第1章~第4章)

時期:2023年11月~2024年3月

メンバーの知人である慶応大学の松田璃旺が加わり、これまでの役割分担と実際の動き、使用したツールと選択の理由などをGoogleドキュメントにまとめた。今後私たちと同じように「メタバースで展示をしてみたい」と思う人がいた時、その手助けとなることを目的に公開するため、起きたことを時系列で書き連ねるのではなく、おもに役割分担ごとに記事を作成、画像とともに公開した。

3.当初からの変更点

・イベントの実施

各作家につき1回ずつ(Hoshiを除く)、Clusterのイベント機能を用いて、各作家の展示室を回りながら作家自身が解説するツアーを行った。人数はまちまちで、最も少ないと1~2人しかなかった時もあったが、最も多い回では計10人程訪れ、チャットにてツアーの感想も随時投稿する方もいた。「作家の作品の見せ方が自由なんですね」「メタバースでのアーティストトークはいいですね。どこかでコラボできたらいいな」等のチャットが寄せられた。

・SNS上での費用をかけた集客・Hoshiの部屋数の減少

当初は広告費用をかけてSNS上でも発信し集客しようと考えていたが、メタバース展示室の制作に時間がかかってしまい、費用を投じて運営する余力がなかったため断念。部屋数についても、制作担当が他の役割も兼任していたため同様の理由で断念。

4.まとめ

作品を作る側ではなく、鑑賞・研究する立場からの発案、また未経験からメタバースに挑戦するということが特異な点だったが、実際にやってみたことでメリットもデメリットもわかった。空間の表現方法が自由であり、作品に合わせた空間を低コストで作れることは大きなメリットだ。展示空間そのもののアーカイブや、作家や作品の安全性を保ちながら、より制限のないコミュニケーションができる場にもなり得る。

一方で、制作にはやはり時間がかかること、鑑賞者にとってはメタバースということ自体がまだまだハードルの高いものであることはデメリットといえよう。また、デジタル化の解像度と、それを取り扱う機器のデータ容量や処理スピードの限界など、企画の質はツールによるところも大きい。今回はアートDXプログラムに加えていただいたため、機器の調達はかなりハードルが下がったが、もしそれがなく、そもそも大学生出ない場合、それがひとつ障壁になるだろう。

デメリットをいかに乗り越えつつ、メリットの部分をどれだけ活用できるかが、今後のメタバース展示が一般化するかのカギとなる。

近藤結子
東京藝術大学美術学部芸術学科4年。
専攻としては日本美術史を学びつつ、キュレーションや、デジタル技術をアート分野にどのように活用するかなどに興味を持ち、先輩や知人企画の展覧会などに参加させていただいていた。今回はひょんなことからメタバース技術を使ってみないかというアイデアと仲間が集まったことから始まった。肉眼での鑑賞や言葉で魅力を説明することにも注力しつつ、引き続きデジタル技術による鑑賞体験の可能性も探りたい。